 |
|
|
 |
 |
 |
 |

石垣島の北部、米原を東に進み伊土名を通り過ぎると野底地区だ。ここも最近はすっかり姿を変えた。通るたびに家が、店が増えている。マンションも2棟建設されている。野底は1953年、宮古、沖縄本島の移民によって開拓された地区である。栄、兼城、下地、多良間という地名は移民開拓者の出身地という。現在はおよそ130世帯、320人が生活している。人口が一番多いのが下地であり、今回紹介させていただいた中西さん御一家も下地地区に住んでおられる。 |
 |
|
 |
| |
|
|
| |
|
|
 |
| |

野底には低いが尖った山がある。野底の象徴、野底マーペーだ。この山には悲しい伝説がある。
|
|
| |
今から250年程前、首里王府の役人によって黒島から野底にたくさんの人が移住させられた。杖を倒して道きりをして黒島に残る人、野底に移住する人を決めた。その中に気立てのやさしい娘マーペーと将来を約束しあった働き者の青年カニムイがいた。杖は無残にも二人の家の間の道のほうに倒れてしまい、マーペーは黒島を離れなければならなくなった。野底に移住したマーペーはいつか黒島に帰れると信じ、一生けんめい働いた。マラリアにかかったマーペーはせめて彼のいる黒島を見たいと野底岳にやっとの思いで登ったが、目の前には於茂登岳だけがたちはだかり島影すら見えず、マーペーはただ祈るだけだった。頂上には手を合わせ黒島を向いて祈るかのように立っている不思議な石がある。マーペーは石になってしまったのだ。
|
|
|
| |
マーペーは標高282m。登山道も整備されており、登山道入口までは車で入ることができる。そこから山頂までは約15分。頂上にはマーペーの石・岩があるだけだが、そこからみる景色は絶景だ。やはり黒島は見ることはできないが、360度のパノラマ映像が眼前に広がる。 |
|
 |
 |
 |
| |

この地域には野底小学校、野底幼稚園がある。緑の芝生が美しい野底小学校には69種類の樹木・104種類の草花が生育し、木の実や小動物をえさとするカンムリワシやアカショウビン、ヒヨドリ等の野鳥が飛び交っているという。3月にはふるさと学習の一環として全校児童と幼稚園児でマーペー登山を体験した。頂上では全員で三線とリコーダーでマーペーの気持ちを思いながら「ツンダラ節」を演奏したという。ふもとにも聞こえたその音色に地域住民は感動した。内地では決して経験できない素晴らしい授業だ。移住者の子女も増え現在の児童数は29名。残念ながら中学校はないので、卒業するとスクールバスで伊原間中学校に通うことになる。 |
|
 |
 |
 |
 |
野底は広い。海があって山があって、川がある。やはりここにもリゾート開発の話が上がっている・・・・・。 |
 |
 |
|
 |